みそじ女の漫画ブログ@アジアン・歴史系漫画書いてます。

アジア系や歴史系のフィクション創作漫画を描いています。漫画の製作工程などもお見せしていこうと思います。

液晶タブレットの「据え置き場所」から考える「脳のクセ」

こんにちは、間々です。

 

おひさしぶりです。

 

今日娘が卒業式でして、ここ数週間、あれこれ袴の支度などで忙しかったもので、ろくろく何も(原稿も)描けないでいました。

 

無事それも済んだので、やおよろずの方の原稿と一緒に、ぼちぼち進めたいなと思います。

 

液晶タブレットの置き場を変えた話

 

さて、私の作業部屋には暖房がなくて、デスクトップ型のパソコンも何かのエラーでめちゃ重くなってて、「あーー! お絵描きするのにストレスが溜まる! てか描けねえ」と半ギレになった私は、液タブをMacBook Airにつないで、こたつのある和室で描き始めました。

 

 

え、これ、すっごい快適……。

 

と、いうのも、パソコンデスクに液タブを置いていた時より、目の位置が近いせいか、「よりアナログで描いていた時の目の距離感」のようで、すっごく「頭の中のイメージをアウトプットしやすい」んです。

 

これ、ぜったい脳の使う領域に癖がついてますね。紙に向かうと書けるのに、モニタに向かっていたタブだと描けなかったあの時みたい。

 

同じ行動、同じはずの原理でも、何かの違いで「描けなくなる」とか「描きやすくなる」とか、やっぱりあるんだと思います。

 

 

ちなみに、わたしの液タブは友人にもらったもので、ワコムの旧型です。座標がずれていますが、マウスポインタの位置調整もできない感じです。解像度も低く、モニタがほぼ正方形に近かったりして、画面を広く使うことはできません。

 

でも、Windows95すら登場前にマウスで絵を描いていた時代を思えば、全然苦じゃありませんよ! 当時は線を引いた数秒後に線が現れたり、そもそもドットが粗かったり、保存すると色が顕著に変わったり、壁紙にすると重すぎてシステムが遅くなったりしてました。

 

それはともかく、私にとって、絵を描くには、目の距離や高さ、位置はとても大事なように思います。

 

一方で、同じ位置から見ているので、「絵に歪みが出ること」「歪みに気付きにくいこと」などがあるかもしれません。

 

メガネを変えると絵も上手くなるかもしれない?

 

最近夫が「ドイツマイスター」の眼鏡屋さん(!)」にメガネを作りに行って、「ものが立体的に見える!」と驚いていたのですが、乱視や近視遠視の他に、「目のなんかの軸」がずれていると、立体視が苦手になるようです。

 

多分私もそれで、ものの位置、距離などがうまく目で把握できなくて、球技が苦手だったり、「長いものの先端」がこちらを向いていると、距離が測れなくて怖いと思ったりするんです。

 

これ、絵を描くのにすごく「平面でしか捉えられない」「立体的に捉えられない」というのは不利で、歪みが出る気がします。

 

ただ、メガネはいいお店で作ると、平気で10万くらい行くので、流石に贅沢言えないかなーと思っていますが、試して見たいなとは思いますね。

 

絵を描くのを脳のクセでしていないか?

よく、手癖で描くというお話は聞きますよね。わたしもその部分、結構あるんで、絵を描くときは本当に頭を使わないと、「こんなもんか」と手をすぐ抜きたがってしまいます。

 

手癖というのは文字通り、手のクセでもありますが、「脳のクセ」でもあると思います。

 

・手を抜くクセ

・同じ角度、同じ目の動かし方をさせてしまうクセ

・同じ引き出しから延々画題を持ってきてしまうクセ

・漫画を描く上で、「これはこうなって」と勝手に思い込むクセ

などなど。

 

意識を変えたり、環境を変えるだけで、「描けなくなる」ことがあるなら、おそらくそれは「脳のクセ」のせいだと思います。

 

いままでその「脳のクセ」で描いていたから、環境が変わると描けない。脳の手癖ですね。

 

で、わたしも先ほど描いたように、おそらく色々脳のクセがあるように思います。

 

いま、漫画で行き詰まりを感じているので、そろそろこの「脳のクセ」も、手放しどきだよなあと思っています。

 

もちろん、「描きやすい環境を整えながら、違う要素をどんどん取り込んで成長して行く」必要性もあります。こちらのほうがは、効率的かもしれません。

 

全部、頭の中のお絵描きOSをリセットして、セットアップして行くのは面倒ですし、時間がかかります。

 

このへんは、もう各人好きにするしかないところではあります。

 

 

とりあえず、今日は「脳のクセ」ってあるんじゃないかなー? というお話でした。